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日別アーカイブ: 2026年1月6日

トントン日記~part29~

皆さんこんにちは!

株式会社境関養豚、更新担当の中西です!

 

~「豚がいる風景」のはじまり~

 

「養豚場」という言葉から、いま私たちが思い浮かべるのは、豚舎が並び、給餌や換気が管理され、衛生管理が徹底された“生産の現場”かもしれません。けれど、養豚の歴史をたどると、最初はもっと素朴で、地域の暮らしの延長線にある存在でした。豚は“食べるための家畜”であると同時に、残り物を活かし、肥料を生み、家の営みを循環させる役割も担っていたのです🐷✨

1)豚の飼養は「ごく一部の地域」から始まった🏝️🐖

日本全体で豚が当たり前に飼われていたわけではなく、歴史的には地域差が大きいのが特徴です。特に語られるのが、南の島々や沿岸地域。農地が限られ、作物だけでなく海の恵みや交易の影響を受けやすい地域では、豚の飼養が暮らしの中に根づきやすかったと言われます🌊🌿
一方、内陸部では牛馬が農耕や運搬の労働力として重視され、豚は“労働をしない家畜”として優先順位が低くなりがちでした。つまり、豚の歴史は日本全国一律ではなく、「必要性の高い土地」から少しずつ広がっていった流れを持っています🗾📌

2)昔の豚飼いは「家の裏」から──台所とつながる飼養文化🍚🐷

近代的な養豚場が生まれる前、豚は家の裏手や集落の一角で飼われることが多く、飼料もいまのような配合飼料ではありません。台所から出る残渣(食べ残しや野菜くずなど)を活かし、地域で手に入るものを与える。豚は“なんでも食べる”イメージがありますが、まさにこの特性が昔の暮らしに合っていました🍠🥬

そして豚は、ただ肉になるだけではなく、糞尿が肥料として循環する点も重要でした。畑を耕し、作物を育て、残渣を豚へ、糞尿を畑へ。いまの言葉で言えば「循環型農業」の原型です♻️🌾
もちろん当時は、衛生という概念が現代ほど整っていません。だからこそ、飼う場所の工夫、臭気や害虫との付き合い、近隣との距離感など、地域の暮らしの中で“折り合い”をつけながら続いてきたのが豚飼いの実態でした🧹🌿

3)食文化の変遷と豚肉の立ち位置🍲🐖

歴史の中で、日本の食文化は宗教観や社会制度の影響を受けてきました。肉食が広く一般化していた時代ばかりではなく、地域や階層によっても差がありました。そんな中でも豚肉は、土地柄や外来文化の影響を受けた地域で工夫され、料理の形として残っていきます。
豚は牛や馬に比べて成長が早く、繁殖力も高い。つまり「必要なときに増やしやすい」という性質があります。ここが、生活の中での“現実的な家畜”として受け入れられていく理由の一つでした🐷📈

4)「養豚場」という概念がまだない時代の“技術”🛠️📚

昔の豚飼いには、いまのような機械化や数値管理はありません。それでも、経験に基づいた技術は存在しました。

  • 病気になりやすい季節の過ごし方

  • 雨をしのぐ小屋の作り

  • 風通しと寒さのバランス

  • 子豚を守るための工夫

  • 匂いを抑えるための敷料(わら等)の使い方

これらは、科学ではなく生活の知恵として積み重なっていきました。養豚の歴史は、最初から“産業”として始まったのではなく、暮らしの中で磨かれた“手触りのある技術”から出発したのです😊🐷

5)養豚の起点は「暮らしの循環」だった🌾♻️

この時代の養豚は、いまのような大規模生産ではなく、地域差があり、生活と地続きの営みでした。豚は食を支え、肥料を生み、家の循環を回す存在。ここに養豚場の原点があります。


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